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別に責めてる訳でも

バカにしてるわけでもない。理解できないのは仕方が無い。それはいうならば「盲目の人に『青』を教える」ようなものなのだから。

 僕の器や徳がもっとあるならば、他人も十分納得させれて、問題なく行動とらせれるのだろうけど。

 何か物事を始める時、特に人が「自分以外」の人がいる時は、共通の認識、具体的なモノが必要なのである。それが「ルール」というやつ。

 これは、僕自身が生きてきて知った事であり、思い知らされた事でもあります。イベントだろうが、演劇であろうが。

 「韓非子」「荀子」を愛読書とするから余計だからかも知れないですけど。

マニュアルやルールを作ると「己の知恵を止めてしまう」という事が起こる。某NPO法人発足のさい、「マニュアルは作りません」と代表が言ったのはそれを恐れたため。実際、団体となると、その集まりが「正義で法」という考えになり、現行の日本国憲法を犯してもいい、という考えになる(グリーンピースの窃盗まがいの事件等)

 だが、人というのは、それぞれの思惑で動くものである。それは全く別物なのだ。

「あまい」や「辛い」という味覚も、実は個人によってその具合が全く違う、と言われて想像できない人はいないでしょう。だから「いさかい・争い・勘違い」が起こる。それの正邪を分けるために「ルール」は必要なのです。

 独りで芝居イベントしてるのは、「僕独自が作り上げたルールをわかってもらえない」というどうしようもない「現実的に起こっている事」があるため。僕自身が作り上げたルールは、他人から見れば「間違っていない」と思ってくれるだろうけど「そこまで追い詰めてもいないから、マネは出来ない」となる。これは仕方がない事。

ただ、そこまでキッチリしてなくても、善悪の判断つけるためにも、線引きは必要。これは理解してもらわないと困るし、理解できるはず。法治国家の日本に住んでいるのだから。

 ルールは「具体的な形」だ。もっとも解りやすい例だとイスラム教のコーランや、キリスト教の聖書等。なぜ宗教が爆発的に広がるのか、それは「具体的なルールが目に見えて存在するから」「人間は、具体的なモノからしか判断をくだす事ができない」それは偶像崇拝禁止としても、どうしてもしてしまうのと一緒。

 「自分の思いは、形にはできない」それはわかる。でも、それがわかるのは「おのれ」だけであり、それを他人に理解させれなければ、それは「無いもの」と同じであり、対抗として「具体的なもの(数字・形になるモノ)」を出されれば、その思いは無駄なのである。

これは、僕が年齢を重ねて、いろんな本や経験から学んだ「真実」

こういう事を言っても、納得はしてもらえない。なぜなら「自分が見える事しか人間は納得できないから」僕がなぜこういう事を言うのか、なぜこういう事を推し進めようとする人生になったのかを「想像して己の血肉にできないから」

でも、これは仕方ないのだ。できないからといって出来ない人が想像力がないとか、劣っているとか、思いやりがないとかじゃないのだ。はじめに書いたように「目の見えない人に色を教えるようなもの」なのだから。個人で気づいてくれなければどうしようもない。

 「やってみなければわからないじゃない」何度も言ってきたし、何度も言おうと思った。でもしてくれないのはわかってるし、やろうともしないのもわかっている。「自分の世界しか理解できないから」だから「わからない世界はできない、したくない」なのだから。

 僕の思い描いている「自分ルール」を具体的な形にすると、ほとんどの人がびっくりする。そして「反発」する。それは想定内。そこから「これは無理」「じゃあ、どうする」という「人間の思考」が始まる。

 何がしかの問題がおこり、僕に振られる、あるいは関係してくる問題に対して、僕の答えは常に一緒。

「善悪の基準が完全にはっきりするルールがないからこうなった」

だから、それを教えてあげましょう。そうすれば見えるよ、言えるよ、聞こえてくるよ。貴方達が今まで見過ごしていた事。あやふやにしていた事。

 それをあらわにしたから、戸惑う。「今まで経験した事も見たこともない事だ」と。だからびびる。とりあえず先送りにする。

 先送りにしてどうする。問題に直面しているのは「今」なのだから、「今行動を起こさない」と問題は大きくなるばかりなのだ。ぐずぐずしている暇はないのだ。

「今まで何をやっていたの?」僕はいつもそう問う。「こんな風になるとは思ってなかったんです」「こんなのは望んでなかったんです」

「じゃあ、どんなのを望んでいたの?どうしたいの?」「・・・・」

こちらは具体的に動いてるのに、そちらは答えられない。でもそれは仕方がないこと。

「今までわからなかったんだから、その何かが」

だからその「何かが何かを考える、具現化させるための行動を起こさせて上げましょう。」

でも、反発する。「自分が自意識的にその『何かを具現化する作業』をしてないから。やらされてる感があるから」

その通り。僕がそう仕向けてます。でもそうしないと「考えなかった」でしょ。「考える事すらしなかった」でしょ。

 僕は劇薬です。取り扱い注意。上手に扱えば「最強の矛」になり、「最強の盾」になってあげます。

でも、僕がでしゃばる頃は、すでに「末期ガン」なんだよね。だからいつもむなしい。
「きんぴらの考える事、考えてる事は間違ってない。でもそれは受け入れてもらえない」

いつも僕と同じように、全てに目を通せて、あらゆる事に対応できて、水のようにどんな形にもなり、どんなものより固くもなり、こだわらない考え。それができれば困る事ないのに。

だから僕の口癖はこう「僕がもう独りいれば、暇つぶしに世界制服できるのに」と。

 受け入れてもらえないのはわかっている。どうしても無理ならはじけばいい。それに対して恨みもない。いつものことだから。想定内の事だから。

 きっかけを、具体的な行動を起こすキッカケを与えてあげた。それだけで十分です。そこから先は、己の身体で覚えて下さい。
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2008/07/13 | 03:24
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