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「終身の憂あるも一朝の患なし」孟子

 君子が一般の人と異なるのは、自分の心を反省する点にある。
 君子は仁と礼を基準にしてその心を反省する、人徳を身につけた人は、人を愛し、礼にかなった人は、人を敬う。人を愛するものはいつも人に愛され、人を敬うものはいつも人に敬われる。
 狩に暴虐非道な仕打ちを受けたとしても、君子は必ずわが身を反省する。

「わたしが不仁なのだろう。無礼なのだろう。きっとそうだ。でなくてどうしてこういうことになろう」 

 反省してみて、自分が仁であり、礼にかなっているのに、相手の暴虐非道が改まらないなら、君子はさらにわが身を反省する。

「きっと誠実さが足りないのだろう」
 
 こう反省してみても、やはり自分のほうが誠実であって、相手の暴虐が改まらない場合、君子はこう考える。

「相手は無法者なのだ。あのざまは犬畜生となんのちがいがあろうか。畜生を非難したところで始まらぬ」
 
 それゆえ君子には、生涯を通じての悩みはあっても、外からくる心の動揺などありえない。
 その君子の悩みとは何か。舜(古代中国の王。儒家には聖人とされている)が人間なら自分も人間である、だが舜は天下に模範を示し、後世にその名を残した。それにひきかえて自分は、平々凡々の俗人にすぎぬ、という悩みである。これは悩むに足ることだ。ではどうしたらよいか。舜を見習うこと、それだけだ。

 君子には外からくる心の動揺がない。仁に悖る(もとる)ことは行わず、礼にはずれたことは行わないのだ。たとえ外から何がやって来ようと、悩まされることはない。


・・・これに比べたら、僕は「不仁で無礼」なのだろう。反省せねば。
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2008/08/01 | 01:11
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